録画してあったものを何回も見ました。
甲子園ボウルって関東の人はピンと来ないかも知れませんが、アメリカンフットボールの学生日本一を決める大一番のゲームです。
僕たちアメフトをやっていた人間が、皆が目指していたところ、それが甲子園です。
関東の学生スポーツは、早稲田、明治の対抗戦を中心にラグビー熱が高くて、それに比べてアメフトの人気は昔からあまり高くありませんでした。
しかし、ずっと昔から関西はアメフトの人気が高く、私も学生時代からたくさんのたくさんの観衆の中で試合をしてきました。
特に、関学、京大との試合はお客さんがスタンドにいっぱいでした。
(当時、西宮球場での関学対京大戦は、阪急ブレーブスの試合よりお客さんが多いと言われていた)
そんな中、いつも関西勢をコテンパンにしていたのが、故・篠竹監督率いる日大フェニックスの存在でした。
まさに常勝軍団と呼ばれても相応しいチーム。なんと81年以降の戦績は133勝23敗3分、勝率0.853という実績。低迷期が無ければ、9割を軽く超えてます。
私が社会人チームに入って、日大のステッカー(ヘルメットに貼る)をもらった時正直感動しました。
日大で練習試合をした時、生の篠竹監督を見て、下高井戸のグランドを見て、本当におのぼりさん状態で感激したのを覚えています。
日大のすごさは、いろいろなところにありますが、アメフトの場合、ホームチームがカラーのユニホームで、アウェイが白を着ます。
学生の場合は格が上のチームがカラーで格下が白となっています。
日大の常勝時代(1970年代、80年代)は白のユニホームが存在していませんでした。
だから、いつも赤のユニホーム。関学も地元なので、青いユニホームを着ますので、「赤と青の甲子園」と呼ばれるようになったのです。
フェニックス(不死鳥)の名の通り、すごいチームでした。
私が在籍していた社会人チームには、日大フェニックスのOBがたくさんいました。
彼らに聞いた話では、関東リーグ戦一部リーグ(Jリーグで言えばJ1一番上のリーグ)の初戦(二部から上がってきたチーム)に90点以上も相手から得点をとったのに(ワンサイドどころではない)その試合に故・篠竹監督は激怒。(確か「100点とるという目標」が達成できなかったから)
その翌日、全員坊主頭でした。(五厘刈りっていう一番短い坊主、もうヒゲ剃り跡みたいな短さ)とにかく、すごい緊張感の中で勝ち続けていた恐ろしく強いチームだったのです。
それが91年以降、二度と甲子園には出場できていませんでした。
それ以降は法大が中心に関東が動く時代になります。
それと対比するように、日大は“常勝神話”に陰りが見え始めます。
なんと、01年、03年についに2度も2部との入れ替え戦に出場するのです。
あの常勝軍団が『入れ替え戦出場』と聞いた時に、ものすごいショックを受けました。
で、昨年カリスマ的な存在の篠竹監督がお亡くなりになられました。
その翌年に、日大が復活。
そして今年18年ぶりに永遠のライバル関西学院大学と激突。
なんか、ものすごくドラマチックです。
今年は改修工事の為、長居競技場となりましたが、歴史に残る名勝負でした。
第4クォーター、4thダウン残り6秒で関学の逆転タッチダウン。
感動して、何回も何回もそのシーンを見ました。
敗れた日大の守備陣には本当にシビレました。
ものすごく強い、強すぎ。
でもそんな中、チーム力を駆使して勝利を収めた関学も、信じられない位の組織力です。
今年は18年ぶりの青と赤の甲子園ボウルでしたが、日大のユニホームは初めて白。
赤が見たかったのですが、新しいフェニックスとして新鮮でもありました。
来年以降も、甲子園でその勇姿を見たいものです。
長男が誤って録画を消してしまい、結果しかわからなくなりましたが、関東の法大との決勝も僅差。関西の立命大との最終戦も僅差。
日本のアメフトのレベルが上がってきましたね。来年以降楽しみです。
お正月のライスボウルは社会人No1の松下電工。
電工には、商売でお世話になっていますが、学生チャンピオンの関学が日大の分も頑張って欲しいです。

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